洋服とはいわゆる、海外から流れてきたデザインのもだ。シャツやズボン、スカートなど、わたしたちが生活の中で纏っているもののほぼすべてが、洋服だろう。和服を着ることなんて、滅多にない。幼い頃は七五三、あとは成人式や学校の式典、あとは結婚式ぐらいでしか着ない。もしかすると、和服に一度も袖を通さずに一生を終える日本人さえ、これから出てくるかもしれない。そう、それだけ、今、和服というものは着用されていない。一日街を歩いても、和服を着た人間とすれ違う可能性は低い。それは大都会東京に於いてもだ。ある意味、もはや和服とは洋服なのではなかろうか。和服は和の人の服でありながら、もはや洋服にその地位を奪われている。たしかに和服を着れば、大変日本風ではある。だがもはや、和風というものが人々から薄れてしまった今、それに何の意味があろうか。わたしは、街で外人とすれ違った時に感じる新鮮さ、もっと言ってしまえば異物感を、和服を着た人間から感じてしまう。かつての和というものは、もはやどこか遠くに取り残されてしまったのかもしれない。和の概念は、実情とは別のところにあるものとなってしまったとわたしは思う。和服は、海を超えた先にある、洋服だ。ではわたしは今、一体、何を着ているのだろうか。これから先、どんどん洋服は日本人の生活に溶けこみ、和服はその居場所を失っていくのだろう。その時、洋服はわたしにとってどんな存在になっているのだろうか。
日本の服装が洋服へと変わってきたのは明治時代のころからかと記憶しています。そのときの様子はその当時の人々も、現代人が想像に思い返しても、いろいろと思うところがあるかと思いますが、和装の世界も最近再び活気が出てきたように思います。私も和装が好きで、習いに行きたいと着付け教室に行けるように着物類を一式そろえました。その点を思えば、洋服は非常に簡単に脱ぎ着できる服装で、保管法や洗濯なども難しいことはあまりないように思います。
洋服を着るということは私達日常で生活するのにかかすことができないものです。洋服といっても、自分の好みの服、自分に似合う服を見つけるのは難しいですよね。見てる分には可愛くても似合わないデザインの時もありますし、体格によって肩幅などがより大きく見えてしまう事だってあります。私はずっとアパレルで働いていて実感したことが、以外に洋服選びは難しいので気になる洋服を買う時は、一度出来るだけ試着した方がいいということです。洋服といってもたくさんのブランドがあります。
洋服の流行は20年サイクルと言われます。昨年からデニムのミニスカートにレギンスを履いたり、オフショルダーやドルマンスリーブのニットが流行っています。又男性のネクタイが少しずつ細くなっています。女性の靴にも特徴が良く出ていて。所謂、通説が本当であると目の当たりにしています。
洋服というのは、普通の体型であっても、自分に合ったものを探すのが大変ですよね。ショップへ行っても、ぱっと見て「よしこれがいい」なんて決まることはありません。色とかデザインとか形とかメーカーとか、いろいろ吟味して、最後に値段を見て「よし、これなら値段的にも大丈夫」ということでレジへ持っていくわけです。自分は以前、かなり太めだったので、洋服を探すのが本当に大変でした。まず、一番の問題はサイズがないことです。
梅雨入りしましたね。でも今日は何日かぶりに晴れました。台風の影響が残って風は強かったけれど、溜まっていた洋服も、一斉にお洗濯しました。数日ぶりに洗濯かごが空っぽになりました。雨でも洗濯はするのですが、室内干しだとスペースが限られるから少しずつ溜まってしまいます。雨のせいで洗濯する気がでず、サボるせいもあるんですけどね。やっぱりお日様にあてた洗濯ものは気持ちいいですね。